発達障害・自閉症スペクトラム・ADHD・ASDなど、精神病にはどこまで根拠があるのか?

最近、ずっと考えている。

これらの病気は、確固たる物質的な基盤があるのか?それとも、社会の形態が変わればなくなるような、社会の側に原因のある病気なのか。

 

一応、まだ研究中ではっきりとした結論が出ていないのは知っている。

一方で、社会の中ではハッキリと病気として認知されている。診断されれば、薬が処方される。

精神科医の人に聞いてみたい。

・診断の根拠はあるのか?

・法律で取り締まれない、反社会的な分子をとりあえず放り込んでおく為の病気なのか?

 

いつもモヤモヤとした感じがするので、詳しい人に現在の限界・運用の恣意的な面などまとめてもらいたい。

 

読書ログ『自分の顔が好きですか?-「顔」の心理学』

気になった部分のメモ 

母親が赤ちゃんの元を離れ、その時の反応に関する実験について、

(前略)

ところがこの実験を日本で行うと、ほとんどの赤ちゃんがお母さんの不在に明らかな不安を示し、追いかけたり泣いたりすることがわかりました。

欧米の基準からすると、日本の大半の親子は問題があるとみなされるのです。

視線に関する部分で、日本人の視線の特異性について実験結果を踏まえて語っているパートに、上記の記述があった。(この後、欧米と日本の文化の違いに関するフォローが入る)。

 

そうすると、日本の社会システムは欧米を模しているが、住む人間の認識システムは異なる、ということを考えた。

そして、その齟齬のことが気にかかった。

日本人の自意識の、なんとなく拠り所の無い感覚について 1

タイトルの問題意識については、前の記事に書いた。

saruhitosaru.hateblo.jp

 

この問題意識を持って、次の本を読んでみた。

 

知りたいポイントはだいたいカバーされていた。どうもこの手の問題は、日本人が伝統的にぶち当たる問題なのだと認識した。

特に、注目したポイントは

  1. 地政学的条件
  2. 日本語の構造について
  3. 仏教の中国からのインポート

の3つ。雑にまとめると

地政学的条件

日本はそこそこ食べ物も豊富だったし、大陸から適度な距離で隔たっているため、あんまり戦ったりする必要がなかったという話。

 

日本語の構造について

日本古来の「やまとことば」は話し言葉で、「漢字」が入ってきたことで文章の生産が可能になった。つまり、現存している文章は中国語の影響下のものしか残っていない。

その後、「カタカナ」、「ひらがな」も生まれ、組み合わさった構造となっている。

 

仏教の中国からのインポート

日本には伝統的に普遍性を志す考え方は存在しなかった。

そんな状況で、中国から仏教が輸入された。どういう効果が出るか予測ができず、一種の賭けだった。

日本人の精神分裂状態の起源はここにあるっぽい。

 

感想

なんか最近の諸問題の原因は、長いスパンで日本人をみたとき、すでに昔から存在し、それが形を変えて顕在しているのだと思える。

問題系はカバーしてもらえた感があるので、引き続き範囲を絞りつつ知識を探索していく。

特に、「日本人」の限界 ( 言語は輸入物、精神は分裂気味 というポイント ) は、受け入れる方向でいきたいなと感じました。

 

 

日本人の自意識の、なんとなく拠り所の無い感覚について

「日本人の〜」と書いたけど、これで良いかちょっとわからん。

俺はぼんやりとそんな感覚あるな、と感じるんだけど、みんなそんなもん?

 

しばらくノマドとして海外で暮らして、外国の人と話すと、自分の存在や思考に対して拠り所がない感覚を覚えることがある。

 

特に、西ヨーロッパ、中東、中国の人々の自信満々な態度に接すると、思考の根拠が薄弱に感じてしまう。アイデンティティ・クライシスだ。

(そもそもアイデンティティって西洋由来の概念を使ってるけど、なんで使ってんの?これあんまりフィットしてなく無いか?みたいのが沢山ある)

 

わかりやすい日本人のイメージ(礼儀正しい・大人しい・和を乱さない etc)を内面化して、ノリでやっていくのは苦痛なので、しばらく知識を入れつつ、書いてみようと思う。