仕事上での症状の発症

現在、そんなに厳しい仕事をしているわけではないが、仕事をしていても不安感・軽いめまい・軽い動悸が出ることがある。

 

どんな時に起こるか考えてみると、

 ・こちらが説明したことが無かった事になり、また説明を求められる

 ・相手の怠惰から発生する仕事が、こちらに回ってくる

場合だ。

どちらもこちらのことを軽視しているので、かなり怒っているのではないかと思う。

(そしてそれを抑圧している)

 

仕事はクールにこなしたいという、バカみたいなこだわりも影響しているだろう。

実際、怒りまくったほうがいいかもしれん。

 

こういうのが続く場合、正しく怒り、二度と仕事をしない方針でいく。

メモ

It can be resolved when the feelings in the present situation can be felt and clarified.

The Drama of the Gifted Child: The Search for the True Self, Third Edition (English Edition) Alice Miller p.93

 過去のトラウマティックな記憶にとらわれず、今現在の状況を明確に感じることで、症状は良くなるとのこと。

確かに、そうっぽい。

今現在だけなら、そんなに負担は重くない。

 

少し前の部分に、「知的な理解の力は、症状の力より弱い」「実際できるのは、自分が愛されなかった事実を受け入れ、悲嘆することしかない」とあった。

これも、覚えておきたい。

旅行

C国からT国へ小旅行。

人間が優しく、C国の抑圧感の高さが浮き彫りになった。

また、C国の人間はマナー面をよくネガティブに語られるが、あの抑圧感の下では必然的だとも思われる。

 

はじめ色々な場面でコミュニケーションをとると、自分の不愛想さに驚く。

C国での、人間への期待が減ったことから来る影響だと思われる。

一方で、人に対する耐性は増した気もする。

 

T国では、カフェに行き電車に乗った。

ストレスはあまり感じない。これが日本でも標準的だった気がする。

暑いのがやっぱり苦手なので、冬に一月くらい来て過ごすのは良いかもしれない。

 

少し過ごしていて、「恥」について思い当たるようなことがあった。

恥を受け入れられると(かき捨てではない)、精神的な安定感がますということだ。

おそらく、この感情を避けていたから、バランスを崩しがちだったのだなと思った。

また、システムや人間に対して、電気が感電するように接触できると、結局楽だと思った(メタファーが過ぎるが...)。社会に所属する人間同士なので過剰な電圧が流れて来ることは、まぁない。

 

人間こちらが譲歩すれば、相手も同じく譲歩してくれるだろうと思っていたが、所属するシステムによって限界があるのだと気が付いた。

システム内部でも偏りがあるとはいえ、そこは一線を引いていきたい。

メモ

Among these is every human being's central need to express herself, to show herself to the world as she really is --- in word, in gesture, in behavior, in art --- in every genuine expression, beginning with the baby's cry.

    For the person who, as a child, had to hide her true feelings from herself and others, this first step into the open produces much anxiety, yet she feels a great need to throw over her former restraints. The first experiences do not always lead to freedom but quite often lead instead to a repetition of the person's childhood situation, in whitch she will experience feelings of agonizing shame and painful nakedness as an accompaniment to her genuine expressions of her true self. With the infallibility of a sleepwalker, she will seek out those who, like her parents (though for different reasons), certainly cannot understand her. Because of her blindness caused by repression, she will try to make herself understandable to precisely these people --- trying to make possible what cannot be.

The Drama of the Gifted Child: The Search for the True Self, Third Edition (English Edition) Alice Miller p.83

 本当の自己を表現することの恐怖や不安はよくわかる。

正直、信頼していない人、利用しようとしている人に対しては、それはできない。

そして、自己表現をしようとしても、不安のために、子供の頃のシチュエーションを繰り返してしまう、というのも分かる。(おそらく陥っている。)

 

 

Moreover, compassion for her mother's sad life history had hindered Linda from feeling her own plight; the image of the poor mother had blocked her feeling.

The Drama of the Gifted Child: The Search for the True Self, Third Edition (English Edition) Alice Miller p.84

 これも非常によく分かる。

この同情心のために、自分の感情がどこにあるのかわからなくなる。

そして不調に陥る。

同情について

最近、母親からヒステリックな連絡があり、例のごとく精神的なバランスを崩していた。今回は、体調も崩れた。

 

頭では「他者なのだから」と割り切っているのだが、どうしても感情のバランスが崩れる。

原因の一つには、同情があると思われる。

母の幼少期〜現在の境遇を考えると、同情心が湧き、それがジレンマを引き起こす。

母も無意識的にそれを利用している節がある。それも、母だけでなく、親類中に蔓延したコミュニケーション方法なので、どこから手をつけていいのかわからないのである。

 

境遇の想像と同情は、日常的にも起こる。

おそらく、自分の過去を投影しているんだと思う。そして同情する。

そして、それが裏切られると、気分が悪くなる。やってることは、母とあまり変わらない気がする。

 

ほとんど自動的にやっているのだが、どうしたら解決できるのだろうか?

まずは、相手には相手の人生があって、それを尊重する必要がある気がする。

そうすると、自分の人生に直面せざるを得ない。そして、なんらか空っぽな気がして怖い。でも幸い、少しは誇れることもある。

 

親に対しては、それでは不十分な気もするので、間に透明な分厚い壁がある様な感じで、やっていこうと思う。

愛情・幸せを感じる瞬間の歪み

ダメな人間関係というものはあるのだが、どうしてもそこでも愛情や幸せを期待して、執着してしまう。

頭では無理だとわかっているんだけど、渇望として喉から手が出て来る。

 

一方で、良い人間関係だと思える時、どうしても躊躇いが生じる。

 

本当なら後者を目指して、邁進すべきなのだが、なぜか吹き溜まりで愛情や幸せを求めている。とても矛盾している。

 

自分を直視することの恐怖が関係していると思うんだけど、もう少し考えてみる。

メモ

We can only solve this riddle if we manage to see the parents, too, as insecure children---children who have at last found a weaker creature, in comparison with whom they can now feel very strong.

The Drama of the Gifted Child: The Search for the True Self, Third Edition (English Edition) Alice Miller p.71

この虐待は連鎖している。

同じような関係は、イジメや動物虐待にも見られると思うが、表面的には虐待として認知されないのが、厄介なところ。

 

Disregard for those who are smaller and weaker is thus the best defense against a breakthrough of one's own feelings of helplessness

The Drama of the Gifted Child: The Search for the True Self, Third Edition (English Edition) Alice Miller p.72

 自分が愛されておらず、利用されていたという現実から目をそらす為に、誰か弱いものをいじめる。彼らはこれにより、自分が成長した(まともだ)と錯覚したりするが、迷惑な話である。

よくあることだが、このメカニズムが出ている人間(かなり多いような...)には注意。

 

When that happens, the grown son will idealize his mother, since every human needs the feeling (and clings to the illusion) that he was really loved; but he will despise other women, upon whom he can take revenge in place of his mother. And the humilitated grown daughter, if she has no other means of ridding herself of her burden, will revenge herself upon her own children.

The Drama of the Gifted Child: The Search for the True Self, Third Edition (English Edition) Alice Miller p.73

 親に利用された子供が成長すると、

男の場合は、母親に対して、愛されていたという偽りの幻想をもつ。そして、その抑圧された復讐心は別の女性へと向かう。

女の場合は、復讐心は自分の子供へと向かう。

ということらしい。感覚的に腑に落ちる。

世の女性蔑視もこういうところから来ているのは、想像に難くない。

 

Except in the case of murder or serious bodily harm, this unrestrained use of power is tolerated by society;

...

the child is regarded as the parents's property in the same way as the citizens of a totalitarian state are considered the property of its government.

The Drama of the Gifted Child: The Search for the True Self, Third Edition (English Edition) Alice Miller p.72

 物理的な害がなければ、この手の虐待は社会的に許容されてしまっている。

これを問題をみなすと、対象となる人が五万といるので、認めるのは難しいという感じか・・・特に儒教圏は難しい気がする。

まじこれどうすんだろ。

 

全体主義のメタファーは、なるほどという感じ。

確かに、「イエ」という政府を運営して、親が自己満足と現実逃避している感はある。

その世界観の下では、子供は「イエ」の財産であり、生産性が求められるんだろう。

これも、儒教個人主義の問題なきがするのだが、出口はあるのだろうか?